ステーブルコインはなぜ普及しないのか?「消費者に使わせない」普及モデルと決済の未来
ステーブルコインは、暗号資産市場の中ではすでに大きな存在感を持つようになりました。一方で、日本の日常生活に目を向けると、コンビニや飲食店、ECサイトなどでステーブルコインを使って決済する機会は依然として限られています。
その理由は、必ずしもステーブルコインの技術が未成熟だからではありません。むしろ、消費者向けの国内決済については、クレジットカードや電子マネー、PayPayをはじめとするQRコード決済など、すでに利便性の高い選択肢が揃っていることが大きな要因です。
消費者からすれば、普段使っている決済手段で大きな不便を感じていないにもかかわらず、新たにウォレットを作成し、日本円をステーブルコインへ交換し、送金方法やネットワークについて理解する必要性は高くありません。
では、ステーブルコインはこのまま一部の暗号資産ユーザーだけが使う存在にとどまるのでしょうか。
今後の普及を考えるうえでは、「消費者がステーブルコインを直接使うこと」と、「金融や決済のインフラとしてステーブルコインが使われること」を分けて考える必要があります。実際には、消費者自身がステーブルコインを保有しなくても、企業間決済や国際送金、決済事業者間の精算など、利用者から見えない領域で活用が広がる可能性があります。
目次
1. ステーブルコインが消費者決済で広がりにくい理由
消費者向けの決済手段としてステーブルコインが広がりにくい最大の理由は、既存のキャッシュレス決済が十分に便利であることです。
クレジットカードやQRコード決済では、スマートフォンやカードを提示するだけで支払いが完了し、多くの場合、利用者は決済ネットワークや資金移動の仕組みを意識する必要がありません。さらに、ポイント還元やクーポン、会員プログラムなどが組み込まれており、単なる支払い手段を超えた経済圏が形成されています。
これに対して、ステーブルコインを直接利用する場合には、サービスによってはウォレットの作成や管理、日本円からステーブルコインへの交換、送金先アドレスや利用ネットワークの確認といった操作が必要になります。もちろん、こうした手続きをサービス提供者側で隠すことは可能ですが、そこまでUXを簡略化するのであれば、消費者にとって「ステーブルコインを使っている」という認識そのものは薄くなります。
この点を考えると、ステーブルコインの普及を「店頭で何人がUSDCや円建てステーブルコインを使ったか」だけで測るのは適切ではありません。
2. 「普及していない」のではなく、使われる場所が違う
日常的な店頭決済では存在感が小さい一方で、ステーブルコイン自体の利用規模はすでにかなり大きくなっています。
VisaがArtemisやAllium Labsなどと共同で開発した調整済み取引量の推計では、取引所内部の資金移動や高頻度取引などを可能な限り除外したうえでも、ステーブルコインの年間取引額は数兆ドル規模に達しています。
つまり、ステーブルコインが「使われていない」というよりも、暗号資産取引や国際送金、企業間の資金移動など、一般消費者からは見えにくい場所で利用が広がっていると考えた方が実態に近いでしょう。
この違いは、今後の普及シナリオを考えるうえで重要です。消費者に新しい支払い方法を覚えてもらうよりも、既存の決済や金融サービスの裏側にステーブルコインを組み込む方が、導入のハードルは低くなる可能性があります。
3. 普及の本命は「表側の決済」ではなく「裏側の精算」
今後、比較的現実的に広がりやすいと考えられるのが、既存の決済サービスのバックエンドでステーブルコインを利用するモデルです。
消費者はこれまで通りクレジットカードや決済アプリを使い、その裏側で金融機関や決済事業者、加盟店などの間の資金移動にステーブルコインを活用します。
この仕組みであれば、利用者はウォレットを作成する必要がなく、ブロックチェーンについて理解する必要もありません。その一方で、事業者側はステーブルコインが持つ24時間の資金移動や、ソフトウェアから直接扱えるという特徴を活用できます。
このように、既存の消費者体験を変えずに裏側のインフラだけを置き換えていく方が、ステーブルコインにとっては現実的な普及経路になり得ます。
4. Visaはすでに「見えないステーブルコイン」を実装している
この考え方を理解するうえで分かりやすいのがVisaの取り組みです。
VisaはUSDCを利用した精算をすでに進めており、金融機関との間で発生する決済債権・債務の精算にステーブルコインを利用できる仕組みを拡大しています。
ここで注目すべきなのは、消費者側の決済体験が変わらないことです。利用者は従来通りVisaカードで支払いを行い、その裏側でVisaと金融機関の間の精算手段としてUSDCを活用できます。
つまり、「消費者にUSDCを使わせる」のではなく、「既存のVisa決済の裏側にUSDCを組み込む」という形です。
ステーブルコインが今後金融インフラとして広がるのであれば、このように表側のサービスを大きく変えることなく、決済や精算の一部として利用される形が一つの有力なモデルになります。
5. 企業側にはステーブルコインを使う理由がある
消費者にとっては乗り換える理由が弱い一方で、企業や金融機関にはステーブルコインを導入するメリットが生まれやすい場面があります。
その一つが、資金移動の時間です。パブリックブロックチェーンは原則として銀行の営業時間に左右されないため、対応するシステムやウォレットが稼働していれば、休日や夜間でも資金を移転できます。
特に海外との取引が多い企業にとっては、国や金融機関ごとの営業時間や銀行ネットワークに依存せず資金を動かせることが、資金管理の柔軟性につながる可能性があります。
また、ステーブルコインはソフトウェアから直接送金処理を実行できるため、請求書の確認や承認、支払い、入金確認、会計システムへの反映といった一連の処理を自動化する余地があります。
今後、AIエージェントが企業の購買や経理、資金管理に入り込むようになれば、この「ソフトウェアから扱えるお金」という特徴は、これまで以上に重要になる可能性があります。
6. 「ステーブルコインなら必ず安い」とは限らない
一方で、ステーブルコインのメリットを強調する際には注意も必要です。
よくある説明として、「カード決済は数%の手数料がかかる一方、ステーブルコインならガス代だけなので圧倒的に安い」という比較がありますが、実際の企業利用ではそこまで単純ではありません。
ステーブルコインを決済や送金に利用する場合、ブロックチェーンのネットワーク手数料だけでなく、法定通貨との交換、カストディ、KYC・AML対応、システム連携、為替、会計処理などのコストが発生する可能性があります。
そのため、すべての決済をステーブルコインに置き換えればコストが下がるとは限りません。
むしろ経済性が出やすいのは、国際送金や企業間決済、決済事業者間の精算など、もともと複数の銀行や仲介事業者が関与し、資金移動に時間やコストがかかっている領域です。
国内の少額決済を置き換えるよりも、こうした既存インフラに摩擦が残っている領域から普及していく方が自然でしょう。
7. 消費者向けに使うなら「ステーブルコインらしさ」を消す
消費者がステーブルコインを直接利用するケースも、今後増えていく可能性があります。ただし、その場合でも重要になるのは、ブロックチェーン特有の操作をどこまで利用者から見えなくできるかです。
ウォレットの作成、チェーンの選択、ガス代の準備といった操作を毎回求めるのであれば、既存のキャッシュレス決済に慣れた利用者を取り込むのは難しいでしょう。
理想的なのは、利用者が普段使っているアプリやECサービスの中で通常通り支払いを行い、その裏側で必要に応じてステーブルコインが利用される状態です。
StripeやPayPalの取り組みは、この方向性に近いものです。
例えばStripeでは、加盟店が既存の決済画面にステーブルコイン決済を追加できる仕組みを提供しており、利用者がUSDCで支払った場合でも、加盟店側は法定通貨で受け取ることができます。
PayPalもPYUSDを自社のサービスや送金ネットワークに組み込んでおり、ステーブルコインを単独の新サービスとして提供するのではなく、既存の決済体験の中に取り込む形を取っています。
こうした事例を見ると、普及の鍵は「ステーブルコインを理解してもらうこと」よりも、「理解しなくても使える状態を作ること」にあると考えられます。
8. 日本ではどこから普及するのか
日本では、すでにクレジットカードやQRコード決済、銀行振込などのインフラが広く普及しているため、国内の店頭決済をステーブルコインに置き換える必然性はそれほど高くありません。
その一方で、企業間決済や海外送金、決済事業者間の精算、資金管理、デジタル証券やRWAの決済といった領域では、ステーブルコインの特徴を活かせる余地があります。
特に国際的な資金移動や企業のトレジャリー業務では、24時間の資金移転や自動化との相性が良く、既存の金融インフラに残る時間差や運用負荷を減らせる可能性があります。
日本でもステーブルコインを取り扱うための制度整備は進んでいますが、制度上使えるようになることと、企業にとって実際に使う理由が生まれることは別問題です。
今後は、ステーブルコインだから導入するのではなく、既存の決済や送金よりも明確なメリットが出る領域から、徐々に利用が広がっていくと考えるのが現実的でしょう。
9. まとめ
ステーブルコインの普及を考える際、「何人が店頭でUSDCや円建てステーブルコインを使ったか」だけを見ていると、その変化を捉えにくくなる可能性があります。
消費者自身がステーブルコインを保有していなくても、金融機関や決済事業者、企業間の資金移動で利用されていれば、ステーブルコインはすでに決済インフラの一部として機能していることになります。
今後、VisaやStripe、PayPalのように既存サービスの中へステーブルコインを組み込む動きが広がれば、利用者はその存在をほとんど意識しないまま、ステーブルコインを基盤とした決済や送金を利用するようになるかもしれません。
ステーブルコインが本当に普及した世界では、「ステーブルコインを使っている」という感覚そのものが薄れていく可能性があります。それは新しい決済手段として目立つ形で普及するのではなく、既存の金融サービスを支えるインフラとして定着していくということでもあります。
赤松 智彦
アステリア株式会社 / ステーブルコイン事業部
システム連携やデータ活用の知見から、企業の「財務DX」や「デジタル通貨のビジネス活用」をテーマに、日本円ステーブルコインの普及に向けた実務ノウハウや最新トレンドなどのお役立ち情報をお届けします。